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実は手放すのが惜しい「痛み」

先日、首のこり、ストレートネックがひどいという20代の女性のからだそだてのサポートをしました。

かれこれ十数年の間毎月、整体とかマッサージとかに通ってたそうです。「(通うのが)くせになっちゃって・・・」

でも、一回で痛みは半減、自分で解決できる展望があっさりと見えました。

 

その2週間後に、ご家族の方と会う機会があって、

「実は(彼女は)全然エクササイズとかやってないんですよー」って。なるほど。

あとでやるーって言ってやらないんですって。

「うーん・・・ほっときましょう」

「@Σ@」

「もちろん、彼女が手助けを求めて来たら、サポートします。でも、今はいいと思います。一度このこりは自分で解消できるという体験もしてるし、手放したくなったら手放すでしょう。」

ご家族には、「自分の体に集中してください」と伝えました。ほんとは家族で一緒にわいわい楽しくケアして、一緒に変わっていきたいだろうなー、「だるーい」なんて言いながら何もケアをやらないのを見てるのはもどかしいだろうなーと、すごく思いますが。

(この辺りにいろいろ話があるのですが、長くなるので割愛。)

 

ご家族の方も、からだそだて実践中で、こちらはせっせと欠かさず取り組んでいるので、どんどんおからだが変わってきてます。

身近な方が変わる姿を見るのが、一番です。

 

「こちらがいくら『やろう』って言ってもやらない」

まー、言われたからやるもんでもないですしね。

人に言われたから生きるわけじゃない。

やらなきゃ! って自分が思わないとやらない。大人も子どもも一緒です。

言われたからやったって、それはその人が作った体にならないでしょう。

 

自分で解決できる痛みを手放さないのは、「その服もう似合ってないよ、捨てれば」って周りが言っても「そうなんだよねー。でもー・・・」って抱えてる感じに似てる。

 

 

以前のわたしは、なかなか動き出せない人の背中をなんとか押したい気もしてたけど、最近、変わらないのもいいんじゃない? って思ったりもします。

 

痛みがないのがいい体、とも限らない。

痛かったりだるかったりしても、いい体。

その痛みも含めて、自分を受け止められるなら、それはとてもすてきなことだと思う。

今まで嫌いだった痛みをなんだか惜しいくらいに感じるなら、それも一つの変化です。

 

でもずーっと変わらない・治らない人もいない。自分が手放したいタイミングになれば手放して次に進めるんだなー、とも思います。

(わたし自身がそうだった。今もそう。)

 

この間お体を拝見してお話しした感じでは、彼女には、必ず変わりたくてたまらないタイミングが来る。その時は「なりたい自分」のイメージももっと明確で、この間とは違うものになってると思う。

そこを待ちたいなあと思います。