月別アーカイブ: 2017年10月

「豚のいいところ」と『火に飛び込むウサギ』

「誰にでも、いいところ、強みがあります。

ペンギンは、飛べないけど泳げる。

豚は、飛べないし泳げない。

では、豚のいいところは何でしょう?」

・・・というワークが、あるセミナーで出題されました。

さあ、thinking time!!

みんなも自由に考えてね!

 

チクタクチクタク・・・

 

 

なにか自分なりの答えを出しましたか?

 

このとき、先生が示したのは、

「豚は、『おいしい』ですね!」

でした。会場に小さい笑い。

 

同じ答えの人もいたでしょうか?!

わたしはびっくりしました。

豚のいいところって、地面をトコトコ走ることができる、ブーブー鳴けるとか、雑食性でなんでもおいしいおいしいと食べるとか、ワラとか木とかレンガのおうちを建てれるとか、真珠に興味がない、とかそういうんじゃないのー?と思いました。

だって、豚さんが、

「わたしは空を飛べないし、ペンギンさんみたいに泳ぐこともできない。・・・わたしのいいところって何なのかしら??」と話してきたとして、

「豚さん、あなたのいいところは、おいしいところ!! トンカツとか豚しゃぶとか、大好きだよ!」

と言ったら、豚さんは号泣してしまいませんか。大丈夫ですか。

人間に食べられる「おいしさ」は、豚が生まれながらに持っている資質というより、(品種改良によって)つくられた運命のような気が・・・。

と書いてきて、あ!!と

『火に飛び込むウサギ』の話を思い出しました。

 

(サルとキツネとウサギがいました。このウサギは実は釈迦の前世の姿です。

あるとき天界の神が飢えた老人に姿を変えて「食べ物を分けてほしい」と三匹に頼みました。サルは木の実を、キツネは魚を・・・しかし、ウサギにはなにもあげられるものはありませんでした。

そこでウサギは火を起こしてほしいと頼み、「わたしを食べてください」と、わが身を火に投げました。あっと言う間の行動でした・・・という捨て身の善行を示すお話。原典は『ジャータカ(本生経)』の釈迦前世譚、のちに『今昔物語集』などにも。このウサギが月に昇った、という月にウサギがいるわけのお話にもつながった。登場動物やエピソードは少しずつ違う。)

わたしは、子どものころに、この話を読んで、ウサギがすばらしいとはちっとも思わなかった。何もさしあげられなくてゴメンナサイでいいやん、と思った。なんで死ぬ必要があるの。全く何もないわけではなく、サルとキツネの取ってきた木の実と魚があるやん。なんだかウサギの行動が意固地な献身に見えました。

でも、今改めて思うのは、「ウサギはそうしたかったんだろうな」です。なんてバカなことをと呆れる人もいるだろう、サルとキツネはびっくりしただろうし、飢えた老人に姿を変えた神様も悲しんだだろう。決してみんながみんな、すばらしいと称賛する行動ではないだろうと思う。

「自分のいいところは『自分自身がおいしい』だからそれを提供しなくては!」

ウサギのいいところは、今できる最善のことを実行できること、周りがどう思おうが気にせず信念に従えること、自分が『おいしい』と知っていること。

いいことしよう、ほめられよう、と思ってない。

あほの行動に見える。後先考えない、自分の命を捨ててしまう。

いずれいつか死ぬのなら今が最善・・・そうなのか? 明日もっといいことあったかもしれないのにね。

 

冒頭の豚さんも『おいしい』。でも、自ら火に飛び込む必要はない。

「おまえは将来殺されて、人間に食われるんだよ」豚がもし早いうちにそれを知ったら、ぐれるかもしれないし、めそめそと悲しみながら日々を暮らすかもしれない。

死んだあと食われるのかどうなるのか、身の行方はわからない。等しく生き物は生まれたらいつか死にます。

それでも、豚がいつか死ぬことを知りながら、どんな感情を抱きながらでも、何を生み出していないようでも、今日は生きているなら、それがとてもすばらしいと思う。

 

ただ、やっぱり、出題の先生の答えは違うと思う。「おいしい」のはpork(豚肉)であって、pig(豚)じゃない。