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お風呂に入る体・仕事が気になっちゃう体

Tさんは、「足」がテーマです。「10代のころから冷えていて、若いころはしもやけがあった。今はしもやけはないけど、足の裏はガサガサで、爪もきたなくて、イヤ」だそうです。

それが、1か月半のワークで、見違えるように生き生きとした足先になってきました。肌の色も明るく、黄色っぽくくすんでいた爪の色がピンク色に。ご本人も、改めて「すごーい!」とニコニコ。

そういう経過のお体だったので、今回はどうなってるかなー?と思って拝見してみたら。

足先が前回より冷えていて、爪の色も一部黄色っぽく戻っています。

お話を伺うと、ここ1週間ほどとても忙しかったとのこと。

足のワークはお風呂でするパターンになっていたのだけれど、全然できなかった。

「ワークできなかったから、足が冷えた状態になっちゃたんですね。」

仕事が終わるのも遅くて。しかも、お風呂の中では、ご自身の抱えるお客さんの課題についてあれこれ思いめぐらしていた。

まー、ワークや経過が想定外に展開するのはよくあること。こういうときに「怒られちゃう」と思うお客さんもいるけれど、わたしは別に怒らない。お体はかまってもらえなくて怒ってたりさみしかったりしたかもしれないけど。

今日ここからどうしていくかが課題です。

わたし「お風呂の中で、お客さんのことを考えちゃうんですか?」

Tさん「そう。新しいお客さんに、どうしてあげればいいかなーって。」

わたし「気になるんですね。お風呂で解決?」

Tさん「解決しないんですけどね。」

お風呂は体を洗って温めて、自分のケアをするところです。

お風呂に入ってるときに電話かけてくるお客さんってちょっと困るでしょう?

Tさん「そうですね。夜もずいぶん遅いし・・・営業時間終わってるのに(笑)」

わたし「なのに、お客さんのこと考えたら、夜中に電話受けてるのと同じじゃないですか?」

Tさん「(笑)」

自分の時間が取れるのがお風呂とトイレだけ、とおっしゃってたけど、たいていの場合、そんなことはない。時間と場所は工夫できると思います。

足のワークを足指一本一本について、一緒にしながら、

わたし「今、なに考えてます?」

Tさん「足が、足らしくなってきたなあ。この指が、まっすぐ伸びてきたなあとか。」

Tさん「それでいいんですよ! お風呂のときは、体のことだけ!」

ワークの間はお体にしっかり集中できて、着替えてから、これからの仕事のことを話してくださいました。お仕事はこれから変化が大きそうで、わたしも楽しみです。

お仕事をしてる人、とくに個人事業主や子育て・介護中の方って、個人と仕事上の役割(自分自身と、母や妻など家庭内の役割も)の境目があいまいになりがちで、それが心身に不調をきたす一端になることもあります。でも、「絶対自分だけの時間・空間」はとらなくちゃいけません。そして、それを確保していることを、自分で認識するだけでも違うと思います。

食べたい・食べたくない・吐きたい等の体

あるところで摂食障害の記事を読み、そういえば、わたしもそういう時期があったなあと思い出しました。

わたしは20歳前後でした。

食べて吐いてました。
母の作ったものが食べたくなくて、食べるのを避けていました。食べたら吐くようになりました。そのうち、あることがきっかけで何を食べても吐くようになりました。
吐くために手を喉に突っ込む人もいますが、わたしはそんなことなく、体を傾けるだけで吐けました。
1,2年以上もその調子で過ごして体重もずいぶん減りました。
体は元気だ(と思っていた)けど、気持ちと分離しているようで、学校のカウンセリングも受けました。
でも、あまり効果は感じられませんでした。

その行動習慣は、ある瞬間に治りました。
(それは、当時のわたしの心にとって、残酷な場面でしたが、
結果的にはよかったのだと思います。)
わたしは、食べることで悩んでいる場合ではなくなりました。

ある意味ショッキングで、決してほかの人にすすめたい方法ではないので、書きませんが。

まー、わたしのことはさておき。^x^

 

体の話です。

食行動は、体の使い方ととても関係が深いです。
お腹がすいて、食べて、消化して、排出する、のも体の要求。

ある特定のものばかりを食べたがる(甘いモノばかり、ジャンクフードばかり、バリバリ固いモノばかり等)、
とにかくたくさん食べたい
吐きたい、
食べたくない、
等々。
これも体の要求。

誰だって、これ食べたい、たくさん食べたい、等があって、それはふつうのことですよね。
食べたいときは食べるしかないし、吐きたいときは吐くしかないのです。
それで、太るときもあれば、痩せるときもある。

でも
心身の健康や生命に影響を及ぼすようになると、放っては置けません。

なによりも放っておけないのは、その行動が起こることで「だめだーわたし」と思ってしまう、それが積み重なってしまうこと。
食べることって毎日関わることなので、毎日「だめだー」を重ねるのは、自分で自分を攻撃していること。
食べないようにしたいのに、食べてしまう、食べなきゃいけないのに吐いてしまう。
自分の体が、自分は意志が弱い、不出来だと、責めてくる。

あるいは、やたらとアクティブで、スポーツもする、仕事もバリバリ。
「食べなくても元気! 吐いても元気!」
傍から見ると、青白かったり、土気色だったり、フラフラだったり、なんだか危なっかしいのに
体の悲鳴、アラームが鳴りっぱなしなのが聞こえない、体を置き去り状態になってることも。

それはつらいよね・・・

体や感情に振り回されるのも、
体や感情を無視して暴走しているのも、つらい。
コントロールのきかない乗り物に乗ったまんまで、下りるに下りられない感じ。

 

でもね、食べたいっていうのは、体がそう要求するから仕方ないの。
吐きたいっていうのも、体がそう要求するから吐くの。

体が食べたがってるから食べて、吐きたがってるから吐く、それは体の仕組みとして合ってる。

そのこととぎゅうぎゅうに向き合う必要もなく、無視して走る必要もない。
「そっかー」って思うだけ。

自分で自分の体を見て、知って、育てるをすると、
それが「ほんとだー!」って分かる。

 

からだそだては、お体全体の使い方を見ていくので、
「食べる」などの特定の行為や体の一部分にフォーカスすることはないのですが。

(だって、「○○しちゃいけません」なんてコントロールするの難しいですよ。
「ピンクのゾウさんをイメージしちゃいけません」と言われたとたんに頭の中にピンクのゾウさんが走るでしょ?? ^u^)

 

毎回、自分の体を見て、こうなんだーって発見があって、なにしたらいいか考えて、実際にワークをやって・・・って、からだそだてを続けてみてください。

セルフ整体に行動習慣を治すつもりで来る人は少ないから、お話では伺っても主訴としてあがることはまれですが。

「そう言えば○○はどうなりましたか?」ってからだそだてを回数を重ねたときに伺って、
「あ、そう言えば、そんなこともありましたねー。」なんて言われる。
そういうときの表情は、懐かしむような感じで、ふうっと力が抜けた感じであったり、逆に力抜けてたのが力みなぎるものになってたり。
その人の体がまぶしい。

たいてい、そういうタイミングって新しいこと始めてます。からだがそだっちゃうと次のステージに行くから。
人生が始まっちゃう。

その課題が何年モノであっても、変えたかったら自分の意思で変えられる。変えたいタイミングに来たら。

 

20歳のころのわたしは、わたしなりに、一人でよくがんばって乗り越えたけど、
自分で自分の体を見るということを知っていたら、その後のいろいろなことの乗り越え方も違っていただろうな、とも思います。

あのころのわたしの体に会えたら、「さびしかったね」と ひとこと言いたい。