土偶の体は縄文軸

トーハクの縄文展から。

縄文の体は、縄文軸で立っていました。

 

こういう展示などで、ある特徴を持ったお体を集中して観察した後は、人間の体がよく見えるようになるのですが、今回は違いました。

今の人間の体は、縄文人と全く違っていて、ぼやっと見えてしまうのです。

 

強烈なのが、第二会場の、国宝の土偶たち。

鋭い身体観察で、抽象的にデザインされています。

どれも非常にユニークな、個性際立つ表現なのですが、軸は同じ。

現代だと、シャーマンや一部のダンサーに見られる体の使い方です。

視界の広がり方が独特、脚の使い方、腰回り、お腹から胸から肩回り、お尻から背中、首の上に乗る頭部・・・こんな体の人が現代日本の人込みにいたら、何万人の群衆の中でもその人一人輝いて見えるだろう、と思います。

(帰ってから、土偶の体に習ったワークをやったら、わたしの体も、「ここまで動くか!」とぐんぐん動いて、腸の動きや、目の感じなどがいろいろ違う。お腹がぱっくり開きました・・・お腹は見せられないけど^x^)

 

それで、土偶がすべてそういう体かというと、そうでないのが楽しいところ。

現在発見されている日本最古の土偶。これは、上半身のトルソー(頭部と手がない)像です。

高さ3センチととても小さいのですが、表現は写実的です。女性の丸い胸のリアリティに目が行きますが、背面も丁寧に表現されていて、「この人の体」というのが分かります。

この小さい土偶が、国宝土偶たちとは全く違う体の使い方です。「お母さん」軸。

ああ、こういう「お母さん」、現代にもいらっしゃる。わたしも以前触れたお体を思い出します。

 

この最古の像がつくられた縄文時代草創期と、国宝土偶群が作られた縄文中期は、土偶の体が、ずいぶんと違います。

 

これは、

・土偶になるべき体の位置づけが違うのか、

・土偶の役割や扱い方(祭礼でどこにどのように置くのか)が違うのか、

・そもそも発掘された地域も違うし、気候や生活様式も違うだろうし。(草創期は氷期の終わりだったんですって。なるほど、そういう体と納得します。)

 

もちろん、この二極の対照だけではありません。

「東北地方で縄文中期に多く作られたモデル」というのが一点展示されていたのだけれど、これまた全く違う体の使い方。

この一点だけじゃあ、分からない。(考古学的に「多い事例」といっても、わたしの見方はたぶん違う。)

 

縄文時代は長く、縄文文化は広く、深い。

 

体の使い方から土偶を観察したい人、いないかなあ。

一緒に観察して、縄文時代の空気を体感して、ああだこうだ発見を深めたいなあ。

 

 

 

 

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