自分を記録する体(広瀬淡窓の万善簿)

来年2019年の手帳が店頭に多く並ぶ時期になりました。

新しい手帳を選ぶって、ワクワクしますね。

(わたしは、新しいのを9月から使っています。今年分の9月以降を来年の手帳に貼り付けてます。)

 

最近は、いろんな「手帳術」で目標達成・夢実現のためのスケジュール管理、メンタル管理、健康管理など工夫が提案されてますね。

 

江戸時代にも、ユニークな手帳術「万善簿(まんぜんぼ)」を実践していた人がいました。

豊後(大分県)の儒学者、広瀬淡窓(ひろせ たんそう)です。咸宜園(かんぎえん)という私塾を開き後進を育てました。

淡窓の万善簿は、「良いことをしたら白丸を1つつけ、食べすぎなどの悪いことをしたら1つ黒丸をつけていき、白丸から黒丸の数を引いたものが1万になるようにするもの」だったそうです。

淡窓は、54歳からこれをはじめ67歳で一度「万善」を達成しました。(引き続き「万善」を目指したが、73歳ごろに万善簿への記録が途絶え75歳で亡くなりました。)

54歳から67歳まで、13年。

365日×13年=4745日

10000個÷4745日=2.1

毎日平均2個のプラス(白丸)がついたということですね。

 

おもしろい方法だなあ、と感じる一方、これは続けるのがしんどいなあ、と思いました。

 

白丸・黒丸(自分の行いの良い悪い)を判断するのは、自分です。

何がいいかわるいか、その判断基準がよくわからない。

たとえば、淡窓は「悪さをした猫を叩いた」に黒丸3つを付けました。

叩いた行為はどんな状況でも「悪いこと」? それとも、今回の悪さの程度に対して叩くというのが過剰だったから悪い? 叩いた結果、猫が淡窓に反撃してきたから悪い? そもそも猫は悪いことをしてなかった? 感情に任せて叩いたから? でも、もしここで叩かなかったら猫は行為を繰り返したり増長したりしたかもしれないから、ここで叩いたのは悪いことではなかったかもしれない・・・むしろ白丸??

 

自分に厳しくなりがちな姿勢だと、黒丸率が高くなりそう。「めざせ白丸プラス」で万善簿を意識してしまうと、「あ、今やったことは白丸に値するぞ」とか、「今日は黒丸な行為が多いなあ、白丸なこと、白丸なこと・・・」と記録のための行為になってしまいそう。

トータルで毎日平均プラス2点をつけている淡窓、最初は自分に厳しくて自己肯定感の低い人だったんじゃないか?とも感じます。

 

相手が喜ぶことをしたらいいこと? 喜ばなかったら悪いこと? それだと相手の感情が基準になります。

自分が快だったらいいこと? 相手が不快だったら? 相手の快不快が不明だったら?

 

行動にいいわるいはない。存在するのは、ただそのとき「した」という事実だけです。

わたしたちは神さまではないので、今の自分しか見えない。広い視野・過去未来に渡って「いい・わるい」などの判断を下すことができない。

後々になって「あの時、こうしてよかったなあ」と思うこともあるし、「なんであんなことしちゃったのかなあ」ということもある。

(例えば、体調が悪いのにタイトなスケジュールで仕事を仕上げた。達成感もあったし、客や職場に利益をもたらしたので「よかった」とそのときは思った。しかしその結果、長期にわたって大きく体調を崩したなら、「よかった」のか?・・・)

腹を立てるのはいいこと悪いこと? 怒りを我慢するのはいいこと悪いこと?

 

最近は、このような「いい・わるい」の点数表のような記録をすすめるのはあまり見ませんが、

「日記には、いいこと・嬉しかったことを書きましょう」というのはしばしば見ますね。

結局は、これも、「いい悪い・嬉しい嬉しくない」の選別をさせているので疲れるのではと思います。

存在するのは、「した」という事実だけ。

 

もちろん感情を書いたっていい。「感情を書いちゃいけない」と思うとまたしんどくなるでしょう。「嬉しかったと書きたかった」「悲しかったと書きたかった」から書くんだし、書いておけばいいと思う。

 

記録をとるというのは、自分が存在した証拠で、自分を整理すること、振り返っての発見もあること。何らかのかたちで記録をとるというのは、やると面白いことだと思う。

ただ、自分を苦しめない形で続けられたら、と思います。

今日の天気を書くだけでいい。今日着た服を書くだけでいい、食べたものを書くだけでいい。

(個人的に、天気の記録はとっておくといいと思います。寒いと温かいものが食べたいし、気持ちもあまり上がらない。自分の行動との因果関係が見えてきます。)

 

忙しい日・疲れてる日・元気のない日・カッコ悪かった日・嫌なことのあった日・混沌とした日・何もない日、何も書けない日・・・日付の後が白紙の日も、自分が存在していた、というそれだけで、いいと思う。

 

淡窓の「万善簿」やその思想の変化を詳しく読んだわけではないのですが、淡窓が73歳で白黒の記録をやめたというのは「もう、しなくていいかな」と気づいたからではないかと思います。

塾の屋号「咸宜園」の「咸宜(かんぎ)」とは、「ことごとくよろし(みんな、いい)」の意味で、学問の種類、塾生の身分や個性を区別せず「みんな、いい」と肯定する思想を表したそうです。

淡窓は、自分に対して「みんな、いい」を認めていく歩みの記録を残したんじゃないかなあ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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